変革の萌芽
日本テレビホールディングス株式会社 <ビジネス編>
視聴スタイルの変容などによって大きな転換期を迎えているテレビ業界。良い番組を良い枠で放映するのが基本とはいえ、その判断はますます難しくなっている。今こそ、制作や編成の現場に「客観的事実に基づいた仮説検証」を根付かせなければならない──。危機感を募らせた日本テレビグループがAIをはじめとするテクノロジーの活用に乗り出した。そのプロジェクトの前線に迫る。(文中敬称略)
──日本テレビグループの「中期経営計画 2025-2027」の中には幾つかの重点目標が掲げられており、中でも「企画開発におけるAIの活用、テクノロジーの積極的導入」が目にとまりました。
岩長:テレビ番組を見る、もっと広げて「人々が何らかの映像コンテンツを消費する」という観点に立った時、今は大きな転換期を迎えています。地上波放送をリアルタイムで見るだけではなく、ネット配信される番組を倍速で見たり、SNSの切り抜きだったり...。また、自宅に腰を落ち着けて大画面テレビで見ることもあれば、出先でのスキマ時間にスマホ画面で見ることもありますよね?
視聴スタイルが大きく変わる状況下、今までのやり方で今後も成長を維持できると楽観視するわけにはいきません。良い番組を良い枠でお届けするのが弊社グループの基本的なバリューであるにせよ、その「良い」をどう判断するのか。従来の視聴率だけを表層的に見るだけでは難しく、もっと多面的に、かつ深く洞察しなければならないのです。

瀧本:弊社は地上波ビジネスを70年も続けており、現場主導で多くの番組を届けてきました。ヒットの打率を上げるという意味では、ベテランの経験知に頼っている部分が少なからずあります。私も制作サイドにいたことがあり、敏腕クリエイターの知見が望ましい結果を生むケースを数多く見てきました。もっとも、動画配信サービスやSNSなどでの視聴の拡大によって複雑さは増すばかりで、これから先、勘や経験ではカバーしきれないのは確実です。
我々としては、限られたリソースで最大の効果を発揮するための拠り所、言葉を換えれば戦略的意思決定を続けていくための仕組みが欠かせないとの危機感がありました。要は、現場を仕切る人々に事実に基づいた有益なヒントを提供したいのです。そのために使えるものは、何でも使いたい。その有力候補の一つがAIなどのテクノロジーです。
──制作や編成に関わる多種多様で膨大なデータを元に、AIの力も借りながら目的別の分析ができる仕組みを整えるということでしょうか。
岩長:経営戦略部が中計に織り込んだ狙いは「全社的な業務改革や意識改革」にあります。仕事のパフォーマンスを上げるのに、思い込みを排除しつつ、勘と経験に加えてデータなど客観的事実を加えた決断をしたり知恵を絞ったりする習慣を根付かせたいのです。
瀧本:朝の情報番組の特集コーナーが視聴率も良かったしSNSでも話題になったとします。プロデューサーやディレクターとしては「テーマ設定」「時間帯」「ロケ地」「タレント」「裏番組」など幾つもの変数がある中で、要因を深堀りして次に生かしたい。例えば、「その時、他局ではどんな内容を放送していて、自番組とシーンごとにどのように視聴者の入れ替わりがあったのだろう。またそれはなぜ起きたのか」という疑問に対し、社内のデータ分析部門に依頼すれば何らかの回答が得られるものの、相応の時間がかかりますし、キャッチボールを続けるにも自ずと限界があります。その部分をうまくデジタルの仕組みで整地すれば、疑問が湧いた時に即座にヒントが得られ、そのスピード感が仮説検証の加速につながると期待できます。
岩長:一人ひとりが事実を深堀りした上で何がベストかを考えるプロセスが、日々の制作や編成のワークフローの中に溶け込んでいく。そうすれば、「限られたリソースで最大の効果を発揮する」ことに近づいていくはずで、それこそが今描いているゴールです。
──想いを形にするにあたって立ち上げたプロジェクトの概要を教えてください。
岩長:コンテンツテクノロジーという名称で、社内では「コンテク」と呼んでいます。プロジェクトは2025年6月にキックオフし、トップマネジメントを含めたステコミと現場のキーマンが参加するコア会議を軸に体制を構築しました。編成や制作のプロデューサーや演出など一線でコンテンツを作っているメンバーを巻き込んでここまで進めてきました。
──現場の仲間を増やさなきゃという想いが強かったようですね。
岩長:プロジェクトにとって、軸となる問題意識に関係者が共鳴することがとても大事だと思うんです。特に制作や編成はグループのコア事業を支えているわけですから、その声を大事にして現場で役立つものを作りたいと常に考えています。
瀧本:別のプロジェクトで経験したことなのですが、「新しいシステムができたから使ってもらおう」という発想では、なかなか実務に定着しないのです。現場の生々しい課題に正面から向き合って本当に求められているものを作って、実際の業務の中に組み入れてもらう。その起点となるのは当事者意識であり、それは問題意識や危機意識の共有から生まれると思いました。
──なぜULSをこのプロジェクトのパートナーに選定されたのでしょうか。
岩長:ULSさんだけがシステムに偏った提案ではなく、業務適用が重要だという内容であったことが決め手になったと聞いています。我々としてもAIのプロダクトや業務システムの構築は副次的なものであり、成果は業務変革そのものだという考えがあったので、各社からAIでできることやシステム機能などを提示されても響かなかったと。そんな中、「組織や人材のチェンジマネジメントも含めて伴走し続けます」という提案には心動いたというわけです。また、アジャイルやスクラムに強い点も高評価だったようです。
高橋:今回は業務変革を担う私たちULXチームと基盤構築やプロダクト開発を担うテックチームとの合同提案でした。当初はシステム開発のお作法に則って提案しようという声もあったようでしたが、そこを推しても刺さらないよね?と。だとしたら、我々はビジネスサイドもプロダクトサイドも、一緒に考え一緒に汗をかきますという姿勢を明示すべきと判断しました。これがうまく伝わって評価いただけたのはとても嬉しかったです。

──立ち上がりはスムーズでしたか?
西島:正直、当初はだいぶ苦労しました。要件を整理して開発に落とす一般的なプロジェクトとはまるで違うので。課題を整理してプロトタイピングしながら現場にぶつけてみて実効性を明確にしていく。そこであらためて要件定義としてまとめてモノを作っていく。その一連のサイクルを1〜2週間といった短期間で何回も繰り返しながら進めていく必要がありました。
瀧本:キックオフした数日後だったと思うのですが、編成や制作、マーケティング、DX推進などの各部署の代表が十数人集まる全体定例という会議がありまして、ULSさんにとっては「皆さんはじめまして」の場だったのですが、我々との事前ディスカッションの内容を整理した資料を作っていただき、初っ端からその会議をファシリテートしていただいて、とても頼もしかったです。
髙橋:あれはだいぶ無茶ぶりでしたよね(笑) プロジェクトが始まって1週間も経たずに、はじめてお会いする編成や制作の皆さんの前で、「日テレさんの編成制作における課題はこれこれこうで、AIを活用することで皆さんの業務がこのように変わります」という仮説をご説明したのですが、現場の皆さんの認識と違っていたらどうしよう...とドキドキしながら進めたことを覚えています。

岩長:私はULSさんのフットワークの軽さに驚きました。プロジェクト当初は関係者の意識合わせがとても大事で、そのためにも密なコミュニケーションが欠かせません。その点で、ULSさんは「あれ、今日も?」というぐらい足繁く通ってくれているので、業務部門からの要望を受けてすぐULSさんと作戦会議して、その週のうちに軌道修正ができることもあって、これは心強いなぁと。
西島:AIやデジタルを活用する案件で意外だと思われるかも知れませんが、業務変革の案件については特に対面で会話すること、現場の空気をきちんと掴めていることが重要な要素となります。顔を合わせて会話を重ねていくことで現場の空気感や反応を肌で感じ、課題の真因にたどり着くことができるので、通い詰めて俊敏な対応ができるようにしています。
──プロジェクトをどのように進めてこられましたか。
髙橋:私と西島がビジネスチームとして、岩長さんや瀧本さん、さらに編成や制作といった現場の方々と喧々諤々と議論しながら、課題の洗い出しや解決の道筋を定めることに力を注ぎました。具体的なプロダクトであるAIエージェントや業務システムの開発については我々とは別に弊社テックチームが担い、私たちのチーム(ULX)は業務現場で効果を上げるための検討に徹するというフォーメーションです。
議論だけではイメージが湧きにくいので、現場の方にはビジネスチームで開発したプロトタイプを実際に使ってもらって機能の過不足や使い勝手について意見をもらいます。それを元に要件として整理したものをテックチームへ引き渡し、彼らがプロダクトの開発に落とし込んで、それをまた現場の方々に見せて...という短期サイクルをひたすら繰り返してきました。
もう2年くらいやっている気がしていますが、実際は2025年6月のキックオフから4〜5カ月しか経っていないことに驚きです。それだけ濃密な日々だったんでしょうね。

瀧本:気付きやアイデアが次々と出てくるので、優先順位の見直しや軌道修正はさぞかし大変だったと思います。予定調和とは対極の毎日でしたから。
西島:ビジネスとテックの橋渡しを主に担っていた私は常に両方から刺されてばかり...だいぶしんどかったです(笑)。冗談はさておき、やるべきと判断したら、とことん食い下がる。その方が使われるプロダクトになりますし、業務改革にも結び付きます。データを取得して計算するロジックとAIエージェントによる分析とを組み合わせて、前線の担当者が知りたい情報や示唆を即座に回答する仕組みが着々と出来上がっています。
──現場の方々をいかにして巻き込んでいきましたか?
岩長:現場側には叩き上げで知見を積んできた人もいて、新しい取り組みに警戒を示すタイプも少なくありません。ところが、髙橋さんや西島さんが行くと、通常なら社内でもあまり共有されないような課題や悩み事も話してくれて、積極的に議論に参加してくれるのは驚きです。独特の"巻き込み力"には感服します。
瀧本:我々が都合で参加できない場合でも、気が付くとULSさんが現場との定例会などを回してくれているんですよ。するっと組織に溶け込んでいるというか。
岩長:おそらく編成や制作の人たちはULSさんのことを社外のコンサルタントじゃなくて私たちと同じ日テレの社員だと思ってるんじゃないかなぁ(笑)。
──まだ道半ばとは思いますが、これからは何を強く意識していきますか。
岩長:まずは成功事例を作ることを優先して、地上波テレビ放送の制作や編成を対象とした今のプロダクトを開発して実際に現場で使ってもらえる状態まで持って行きます。それを発端に現場の意識を少しずつ変えていって、データとファクトに基づいた評価と判断をグループ全体のカルチャーとして浸透させていくことが次の目標ですね。従来のように地上波テレビだけを見ていた時代と違って、ゲームやネット配信といった新たなコンテンツが次々に現れますし、我々も放送だけに止まらずに、配信やIP開発、海外事業など幅広い領域にも進出しており、とにかく変化の激しい状況ですから、私たち自身が常に風向きに敏感になり臨機応変でなければならないと思います。
瀧本:朝令暮改も辞さずプロジェクトの皆さんを振り回すことも多々ありますけど、短いサイクルを回しながら成果を積み上げていく今のやり方は、アジャイル開発で言うところの「スクラム」そのものだなぁと。やるべきことを取捨選択し、そこに集中して完遂する。一度決めたことの見直しも厭わず、密にコミュニケーションを取りながら一丸となって進める。だからこそ、柔軟性や効率性、品質を上手くバランスさせられています。まさにラグビーのスクラムのように、時には前線でもみくちゃになることもありますけど、ULSさんのことは頼りにしていますので、是非これからも一緒に肩を組んでください(笑)。
西島:もちろんです。皆さんの素早い動きに追随することが我々の使命です。弊社としては「ULSさんが先回りしてくれて、こんな短期間にこんな成果を示してくれたんですね」とお褒めの言葉を頂きたいところではありますが、日テレさんはそんな間もなくどんどん先に突っ走っていかれるので(笑)。
先般も、まだ日本では導入が進んでいないAI関連の技術を適用することになり、提供元のテック企業の方も驚かれていましたが、日本テレビさんはAIを活用した変革ではおそらく国内の最先端におられますので、我々も心して頑張ります。

岩長 真理 氏

瀧本 恭佑 氏

髙橋 伸明

西島 一徳